花咲かじいさん(やる氣の巻)

この「氣」という字が私は好きです。この四方八方に放射されるエネルギーの姿が、本来の私たちの命のようでもあり、魅力を感じるのです。

一方常用で使われる「気」これを、気を〆る意味があそうで、手紙などで封をして「〆」を書くのは、気を込める意味があるそうです。

人間って、子供のころは無邪気で天真爛漫で「氣」を放っていても、大人になると、どこか「気」を使ってバランスをとるのかもしれません。

うまくバランスが取れればいいのですが、私自身はどうもこのバランスのとり方が下手だったように思います。

そのために、あっちで人にぶつかり、こっちで人にぶつかり、また、人にぶつかるのは嫌だとおもって、過度に自分を押し殺したりもしました。

しかし、押し殺すとよくないですね。溜まったエネルギーは無くなったわけではないので、爆発したりします。

話は少しそれますが、先日、リタイアして篠山に住んでいる17歳年上の兄のところへ、10年以上ぶりに行ってきました。そして談笑しながら食事をしているときに、兄がぽっつりというのです。「お前、昔俺を殴ったな」と。

もう30年ほど前のことです。私はすっかり忘れていましたが、兄貴は覚えていてその話を持ち出しました。

「ごめん!ごめん!」と私が言って、その後も談笑は続きましたが、今まで兄の記憶に残っていたことに驚いたと同時に、とっても悪かったなと思いました。

忘れていた記憶を辿っていくと、17歳も年齢が離れていますから、兄弟というよりも親子に近い関係の中で、多分兄は私を教育しようとしてくれていたんだと思います。

ただ、教育の仕方が強烈で、当時の私には理解出来ず、 ”窮鼠猫を噛む”ではないですが 爆発してしまいました。

話を戻しますが、私は心の内側から湧き上がるようなエネルギーの存在がとても大切だと思っています。ただし、同時にそれをコントロールすることも、とっても大切です。

車に例えると、内側から湧き上がるエネルギーがエンジンです。そしてエンジンだけだと車とは言えませんので、アクセルやブレーキ、そしてハンドルをつけて、車は走ることが出来るようになります。

私たち人間においても、まず第一に、自分自身という乗り物のエンジンである「やる氣」が大切です。しかし同時に、そのエネルギーをコントロールすることも、とっても大切です。

そして、車で走るにしても目的地があるように、私たちの人生においても目的地があります。やる氣というエネルギーをコントロールし、その目的地に向かっていく。そのような一人ひとりでありたいですね。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

番外編

今日の俳句


伸び伸びと躑躅咲く咲く空家かな
(のびのびとつつじさくさくあきやかな)

季語:躑躅
空き家が随分増えました。


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